OUR STORY

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戦後の1947年に片山覚而は岡山県井原市で「日本高圧フレキシブルパイプ製作所」を創業し、自動車用排気蛇管の製造・販売を開始した。

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創業後、三菱重工業(現 三菱自動車(株))と取引を開始し、以来クライアントの数も増え、今ではマツダ、SUBARU、ホンダ、スズキなど日本を代表する数々のカーメーカーに外装部品やエンジン・排気系部品を提供している。

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時は流れ、二代目社長の片山典男が1989年に設立したアメリカの子会社で20年のキャリアを積み、MBA取得のため学業に専念した時代を含めると25年間のアメリカでの生活を終え、典男の長男である昌之が2008年に日本へ帰国。片山工業の社長に就任した。

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社長就任後、昌之はあることに気づいた。
そのころは日本のカーメーカーが製造拠点を日本から海外へ積極的に移転し、片山工業もそれに追随して生産拠点を海外に増やしているとこだった。

「このままだと、日本で部品を製造するニーズが縮小し、我々は生き延びることが出来ないのでは?そうなる前に、カーメーカーに我々の将来を委ねなくても良い、自社製品を開発する必要がある。」

「自社製品… 何を作ろう?どうせ作るのだったら、『人の為、世の為』になる商品でないと意味がない。」

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そんな時、2009年に取締役の井上雅夫から一つのスケッチを見せてもらった。
「親父は散歩が趣味だが、いつか今のように自分の足で歩くことが困難になる。このスケッチのように歩くように走れる乗り物を片山工業で作れないか?」

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片山はそのスケッチを持ち帰り、考えた。

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その時ふと思い出した。
アメリカに住んでいた頃、どこへ行くにしても車で移動するアメリカ人の多くは運動する習慣もなく、高カロリーの食事を頻繁にとっていたため、膝にサポーターを巻いて足をひきずるようにして歩く人が多くいた。

「自動車だけでなく、今後自動運転や自動で動くモビリティが増え、人は歩く習慣が減ってしまったら今後どうなるのだろう?歩くことが難しい人が増えるのではないか?寝たきりの高齢者も増えるのではないか?そんな未来は見たくない。
これはきっと『人のため、世の為』になる製品だ。我々で開発し、製品化しよう。」

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そうして、その場で片山は乗り物を「ウォーキングバイシクル」と命名し、井上のスケッチに記した。

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早速開発は始まった。
ところが片山工業は自転車どころか、完成品を作るのが初めての経験だ。乗り物の構造、機構、法規…様々な情報をリサーチし、いくつもの試作車を作った。

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そして5年の月日を経て、2014年に「ウォーキングバイシクル」は完成し、世に誕生した。